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西根下河原の弘法講

更新日:2010年8月23日

寒河江むかしさがし
 市史編纂委員 宇井 啓
 淡い初冬の光が差し込む下河原(したがら)集落センターの2階。それぞれのイエを支えた婦人達が、弘法大師の遺徳を慕って赤々と燃える灯燈明(とうみょう)の前で供養(くよう)する。
 帰命頂礼遍照尊(きみょうちょうらいへんじょうそん)承和(じょうわ)の弐年春弥生おんとし六十二歳にて高野の奥
 高く低く、また調子を変えて響き渡る入定和讃(にゅうじょうわさん)は、なぜか心に突き刺さる。
下河原弘法講の起源は定かでないが、大正2年(1913年)の『賽銭(さいせん)日誌』によると、講員35名。男性が主体で、会場は持回り。世話人を置き、賽銭を別当(べつとう)して直会(なおらい)を行なっていた。
 『日誌』に「昭和元年旧四月廿九日午前四時三十分。当村十九戸ノ大火ノ際、当弘法講諸道具焼失シ、昭和三年ニ於テ諸道具新調ス」と、大火の記録も生々しい。
 この頃から毎年11月11日が供養日。当番の家、新築の家でも行なった。
 法事(ほうじ)の家があると、夕方パーンパーンと板木を叩いて知らせ、その家でも、弘法講を行なったという。
 それぞれが膳椀(ぜんわん)や銘々盆(めいめいぼん)を所有し、供養日にそれを持参して赤飯等を盛り付けたという。
 長老の芳賀スゲノさんは、昭和28年に朱塗りの盆1枚持って議員となった。最近では芳賀チヨさんも先立ちとなることが多い。
 正午まで延々と続くご詠歌。一転して直会は歌や踊りも飛び出して、安らぎの弘法大師講となる。
 江戸時代、ツルも巣を作った水辺の里。今は美しい家並みに干柿がゆれる。弘法大師講は今も生きている。

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