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寒河江市



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寒河江市と毛利元就は、深い関係

更新日:2010年8月24日

寒河江の歴史豆知識
 平成9年のNHKの大河ドラマは、「毛利元就」でした。
 その番組の冒頭に、画面に大きく毛利家の家紋である『一文字三ツ星』が出てきました。実は、この毛利家の家紋は、寒河江地方を長く治めていた殿様の家紋と同じなのです。
 つまり、寒河江地方は、鎌倉時代から戦国時代までの400年間を大江氏によって治められましたが、この大江家の家紋も『一文字三ツ星』なのです。                     
 もう少し、詳しく説明しましょう。
 鎌倉時代の初め頃、源頼朝の腹心として活躍した人物に、大江広元という人がいました。
 広元は、「守護・地頭の制」を頼朝に進言するなど幕府の基礎を固めた人で、今でいうと内閣官房長官兼大蔵大臣のような立場の人で、「奥州征伐」の論功行賞で寒河江・長井荘を与えられました。
 「承久の乱」のとき、広元とその子供たちは幕府方として戦いました。しかし、長男の親広だけは、京都の上皇方に味方して戦いました。
 承久の乱では、上皇方が敗れたので、親広は、父の広元から既に与えられ自分の領地になっていた寒河江荘に落ちのび、寒河江大江氏の祖となりました。
 一方、相模国(神奈川県)毛利荘を領し、毛利姓を名乗っていた広元の4男・季光は、承久の乱の軍功が認められ、安芸の国(広島県)吉田荘を得ました。
 しかし、季光は、やがて北条氏との対立抗争に敗れ、季光の一族は皆殺しになりました。
 ただ、季光の4男の経光だけは加担しなかったので、命脈を保つことができ、その子孫が毛利元就となったのです。
 お分かりになりましたか?つまり、寒河江大江家と毛利元就は、大江広元という人を同じルーツにもつ縁戚関係にあるのです。それで、寒河江と毛利元就は、深い関係にあるという訳です。

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