葉山・月山・朝日連峰 - みちのく名峰めぐり 山形のやま旅

やまボイス

西村山エリアで生きる人たちにフォーカス。それぞれの市や町の歴史、地域への想いを語っていただきました。
これを読めば「西村山通」になれるかもしれません。

県立自然博物園ネイチャーセンター
真鍋 雅彦さん

通常、原生林に行くとなると、山に精通したエキスパートでないとなかなか辿り着くことはできませんが、ここでは車を停めた場所自体がすでに原生林の入り口となります。原生林の生命はとても豊かで、秩序正しい棲み分けが成されています。例えば、水が豊富な沢沿いには、サワグルミが沢山生えています。逆に山の斜面にサワグルミはなく、ブナが広がります。尾根にはミズナラの巨木を見ることができるでしょう。このように、植物は自分が好きな場所を選んで繁栄し、子孫を残しながら棲み分けをしているのです。

緑のダムと言われるブナの木

ブナの森を歩いていると、ブナの周りの土がフカフカしていることに気が付くでしょう。約30mの高さにまで育つブナの木は、「1本で8tの水を貯水する」と言われるほどで、沢山の水を集めて土に流し、貯えているのです。ブナの葉っぱをよく見てみると、雨水を中央に集めるような葉脈の形をしています。雨の日には、集まった雨水が幹を伝って滝のように流れる姿を見ることができます。ブナによって作られたフカフカの土は、水を沢山吸い上げ、森に守りながら恵みを与えてくれるのです。
「ブナの森が明るい」とよく言われますが、その理由はあまり知られていません。実はブナは、自分の根から毒素が出ています。他の木を衰弱させる、いわば直接攻撃ですね。だからブナの森は、明るく開けた美しい景観になるのです。

山菜料理 出羽屋
佐藤 明美さん

山菜と言えば「春を祝う食」、「自然の恵み」としてもてはやされ、その風味を珍重されるようになりましたが、もとは飢えをしのぐための糧物という意味合いが強い食材でした。先代が出羽屋を創業した昭和4年頃もまだ、山菜は“山のもの”と言われ、決してお客様に出すことのないお粗末なものとして扱われていたのです。当時の出羽屋も、行者様をお泊めする行者宿でしたので、お客様に今のような山菜料理はお出ししておりませんでした。
ところが、食材と料理を追及したいという若かりし頃の先代は、お客様にお出しする味を求め全国の旅し、“あること”に気が付いたと言います。「自分の家で食べている山のおかずが一番おいしい」と。当時は、「山のものを客に出すとは、あそこの息子は頭がおかしくなったのか」とも言われていたそうですが、お客様の口コミで徐々に全国に広まり、「月山参詣は、出羽屋の山菜料理」ということで、“山のもの”から“山菜”と呼ばれるようになり、出羽屋も山菜料理の発祥のお宿として、堂々と山菜料理をお出しすることができるようになったのです。
雪が多い月山エリアでは、7月まで地元の名人が山菜を採りに山深くまで入ってくださいます。貯蔵方法は、塩蔵、乾物、粕漬などで、戻し方も地元の伝統的な方法を利用します。地元の方々が育まれてきた食文化を、当館は料理としてご紹介させていただいております。

山菜の名前について

例えば“イヌドウナ”という山菜があります。手で折ると「ドホッ」という音がするため、間沢付近では“ドホイナ”と呼んでいます。ところが、寒河江では桑の葉に似ていることから“クワダイ”と呼び、さらに庄内や仙台では“ボンナ”と呼ばれるようになります。これは、採取する地域、消費する地域、さらに趣味食で扱う地域それぞれで、山菜との付き合い方が異なるためです。地域によって様々な呼び名に変化する山菜の名前は、それが人々の生活に密接に関わってきた証でもあるのです。また、食べられる山菜には、かわいい名前も多く、毒を持つ山菜には“オニ”や“ヘビ”など、忌み嫌われる名前が多いのも、自然にそれらを避けるための工夫なのです。


設楽酒造店
設楽 厚彦さん

山形の水は柔らかいと言われますが、月山水系の湧水は特に柔らかいと言われています。酒のラベルに書かれる原材料に“水”の表記はありませんが、酒造りにおいてもっとも大切なのは“水”です。お米は買うことができますが、水は買えませんので、地域に根付いた酒の味というのは、水の味にも例えられると思います。月山の酒はよく「きれいでさらりとした甘口」と言われます。口当たりと喉越しがよく、すっきりとした甘さが特徴の酒が地元では親しまれています。代表的な銘柄は“銀嶺月山”と“一声”。“一声”は、県外に出ることがほとんどなく地元で消費されてしまうお酒なので、西村山にいらした際にはぜひ味わってみてください。

山形交通三山線について

月山の酒造資料館には、昭和49年に廃線になった山形交通三山線の資料が数多く展示されています。三山線は、左沢線の羽前高松駅から間沢駅までを走っていた私鉄で、出羽三山への参詣客で賑わい、それに比例して町も栄えたそうです。資料館の敷地には、初期の旅客車両”モハ103”が保存されています。酒好きだけでなく、鉄道が好きな方も多くいらっしゃいますので、ご興味のある方はお気軽にお越しください。


ハチ蜜の森キャンドル
安藤 竜二さん

東北の山には、人の手が入っていない広葉樹の森の原生林が多く残されています。その広葉樹の中でも蜜の収穫量が多いトチの木はミツバチが大好きな木で、トチの大木が多い西村山エリアの森林は、養蜂に適した土地だと言えます。ひとつの養蜂箱で収穫できる蜜の量は約50kg。その中から採れる蜜ロウは、わずか500gです。ミツバチは1か月しかない寿命の間に、ティースプーン1杯のハチミツを作りますが、蜜ロウはその1/10だけなのです。食べることもできる蜜ロウの灯は、まさに花そのものの色であり、ハチ達の命の光と言っても過言ではないでしょう。お店で販売されている蜜ロウを購入するだけでなく、自分の手で蜜ロウを触りながらロウソクを作り上げることで、命の大切さを感じてもらえるはずです。

森の花とミツバチの関係

蜜ロウの色にはさまざまな違いがあります。濃いオレンジ色はトチ、黄色はキハダの木など。ハチミツも同じように、トチ蜜やキハダ蜜などの種類で分けられます。これはなぜでしょう?
養蜂場を営む実家に生まれ、日本で初めて蜜ロウソク製造に着手された安藤さんは、森の花達とミツバチはある約束を結んでいると言います。「種子植物の受粉にミツバチの働きは欠かせません。植物達はミツバチの取り合いにならないようにある方法を見出しました。それが棲み分けです」。安藤さんの養蜂場では、花の咲く時期を見極めて蜜を採取しています。「東北の森のミツバチは蜜を多く出すトチの花が大好きです。他の木々達は、トチが花を咲かせている時期に自分の花を咲かせてもミツバチには来てもらえないことを知っています。だから時期をずらして花を咲かせるのです」。
初春、ヤマザクラやカエデが先に花を咲かせます。5月はトチが花を咲かせるので、他の木々は静かに見守ります。トチが花を閉ざした6月上旬にキハダが一斉に花を咲かせ、その後に栗の花が続きます。夏は野花が咲き乱れるので、百花蜜という混ぜ合わせのハチミツになるのだそうです。ハチミツを選ぶ時には、この不思議な森の約束を思い出してみてください。味の違いから森のミツバチの営みを感じることができるかもしれません。


寒河江市役所の山好きスタッフ
武田 伸一さん

葉山山頂の奥にある社には、「白岩神社(はくばんじんじゃ)」と書かれています。この神社には白岩神という神様を祭っていますが、本当は葉山神社の奥の院となっています。前宮は、葉山の麓にある「田代」という村にあります。ここの神社には、今は珍しい社格を表記した石碑が立っています。鳥居の奥に入ると、「太神宮」と書かれた石碑と「葉山」と書かれた石碑があり、社が建てられています。これは天照大神を祭る神宮であるということで、皇大神宮、すなわち伊勢神宮の出張所であるということ。そして、その名称が「葉山神社」であるということを表しています。だから地元の人たちは皆、この神社を「葉山神社」と呼び、葉山奥の院までの登山道も整備しているのです。


大朝日岳山頂避難小屋 管理人
阿部 吉太郎さん

毎年雪解けの6月末から体育の日の連休まで、避難小屋の管理人として常駐しています。山小屋仲間からは「アベキッちゃん」と呼ばれていまして、2016年で6年目になります。大朝日岳は、年の半分以上が雪に閉ざされますが、だからこそ四季の移り変わりが素晴らしい景観を作り出すのだと思います。とくに雪解けした斜面からヒメサユリが顔を出す7月。そして短い夏から一気に色付く紅葉の9月は、大朝日岳のハイライトではないでしょうか。紅葉真っ盛りの時期におすすめのルートは、小朝日岳を下りた熊越から大朝日岳までの稜線、そして大朝日岳から御影森山までの稜線です。ダイナミックな大朝日岳と小朝日岳、そして飯豊連峰から日本海に浮かぶ佐渡島まで、地球を感じる大パノラマにきっと驚くはずです。

銀玉水と金玉水について

小朝日岳から大朝日岳の稜線に銀玉水が。小屋から西朝日岳へのコルに金玉水があります。好みにもよりますが、朝日連峰で一番おいしいとされる水は、銀玉水と言われています。金玉水と利き水してみると、銀玉水にクリアな硬さを感じました。ふたつの水にpH試験紙を浸すと、金玉水は弱アルカリ性、銀玉水は中性という結果。このわずかな違いが、水の味に影響しているように思えます。暑い夏、乾いた喉にキーンと冷えた銀玉水は、まさに甘露のごとくでしょう。片や、弱アルカリ性の金玉水は、「ご飯をふっくら炊き上げる水」と言えると思います。みなさんも是非ご自身の味覚で利き水にチャレンジしてみてください。


大江町産業振興公社
高取 和彦さん

大江町には世にも不思議な6色に変化する温泉が湧き出ています。場所は、テルメ柏陵健康温泉館。泉質も全国でめずらしい高濃度温泉で、非常に苦く、強い塩気が特徴です。源泉は59.8度で、無色透明。源泉かけ流しにもかかわらず、湯船に溜めるとなぜか色が変わるのです。それも男湯女湯で別々の色で、1日で2回色が変わる日もあります。なぜ色付くのかは、未だ解明されていません。女性に人気の色は、見た目にも肌に良さそうな乳白色です。めずらしい色と言えば、エメラルドグリーン。とっても神秘的な美しい色で、この日に当たれば幸運が訪れるかもしれませんよ。露天風呂も開設しましたので、この不思議な温泉を是非体験しにいらしてください。

テルメ柏陵健康温泉館について

地元住民の憩いの場所にもなっている温泉館ですが、なんと550万人の来館者を達成しています。創業してからまだ20年ですので、1日平均750人もの人々が訪れる超人気スポットということになります。人気の秘密はもちろん温泉ですが、それだけではありません。来館者が集うもうひとつの理由が、施設内のレストラン「川かぜ」です。やまがた地鶏を使った親子丼や地鶏ラーメン、名物舟形ラーメンなど、横綱クラスの人気メニューが勢揃いです。極上の温泉とグルメレストランがあれば、行かないわけにはいきません。


月山観光開発
浜 広人さん

月山へは、4月~10月のハイシーズンだけで約20万人の参拝者や登山者が訪れています。標高1500m付近まで森林限界を超えてリフトで上がれる手軽さと、咲き乱れるお花畑が魅力でしょう。しかし豪雪地帯である月山には、夏まで大きな雪渓が残ります。登山道を埋めてしまうこともしばしば。登山者にとっては緊張を伴う雪渓ですが、そんな場所を求めて登る集団に出会うことがあります。地元スキー部の生徒たちです。雪が豊富な年は、「牛首の雪渓にポールの林ができる」と言われ、そこで輝く選手は、やがて全国に名を馳せると言われているのです。眼下に広がる町並みやお花畑も見逃せませんが、地元スキー部の華麗な滑りも、夏の月山の風物詩です。

雪渓歩きにご注意

夏の緩んだ雪渓とは言え、滑って怪我をしてしまうこともあります。月山リフトでは、アイゼンの貸出を行っています。2,000円でお貸出しし、返却時に1,500円をお返しいたします。「夏だから大丈夫」と侮らず、いくらあっても邪魔にならない安全を身に着けて、月山登山を思いっきり楽しんでください。


葉山で出会った
地元の山菜採り名人さん

今の時期の旬は「ネマガリダケ(チシマザサ)」です。月山で採れるネマガリダケは、「月山筍(がっさんだけ)」と言い、豪雪の月山の雪が解けてから急成長するため、柔らかいままで太くなることが特徴です。地元でも重宝される山菜で、料亭などに卸されることが多い貴重な山の恵みです。しかし、ネマガリダケは熊も大好物なので、山の名人じゃないと探すのは危険かもしれませんね。


本山 慈恩寺 宗務長
奥平 暁俊さん

慈恩寺の開山は約1,300年前に始まります。その後、時代の権力者の庇護を受け、江戸時代には勅願寺として、三千石の領地を有するようになったと伝わっています。修験の文化は、鎌倉時代から入って来ました。在家の方が修行する場所ではなく、その方たちを教える先達を育てる場として使われていたようです。その昔は、葉山が修験の奥の院だった時代もありました。明治5年、修験道禁止令が出されてからは、山での修験は行われていません。修験者や山伏の場合は修験の方法が口伝で継承されていましたので、その文化を復興させることは、もう難しいでしょう。
境内には、重要文化財に指定された数多くの仏像が安置されています。その中のいくつかは、秘仏として人目に触れることのない場所に安置されています。御尊仏もそのひとつですが、権力者が変わる度に慈恩寺も戦火に巻き込まれ、過去に4回ほど火災に見舞われています。今の御本尊は、京都の仏師が山形の地元の材料を使って作ったものだと言いますが、60年いる私も2度しか拝見していません。それだけでなく、戦前までは1度も御開帳がなかったそうです。今は県や国の行事がある時に、いくつかの秘仏が御開帳されることがあります。ぜひその機会を逃さないようご拝観ください。

慈恩寺の秘仏

様々な理由により秘仏とされる仏像ですが、あくまでも信仰の対象であり、美術品のように展示されるものではありません。安置されている仏像の中には、人の歯が入っている像や、大仏の中に収められていた胎内仏という像もあります。慈恩寺には多くの秘仏が安置されていますが、そのどれもが、当時の人々の想いを伝え、そして信仰の強さを感じていくための、大切に守っていくべき文化財なのです。