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寒河江の庚申講

更新日:2022年3月18日

寒河江の庚申講
 庚申講は「こうしんこう」と読みます。市内には、西根北・清助新田・中郷の庚申講の貴重な記録が残っています。
 庚申講とは「庚申待」をする仲間のことです。庚申は十干十二支(じっかんじゅうにし)の組み合わせで、庚申すなわち「かのえ・さる」の組み合わせは六十日に一回廻ってきます。その庚申の夜に、「人間の体内にいる三尸(さんし)の虫が天に昇ってその人の罪科を天帝に告げるために命が縮められる」という中国道教(どうきょう)の教えが広まって、人々は、仲間を組織して、庚申の夜は一か所に集まり、寝ないで一晩を明かすことにしたのです。それを「庚申講」といいます。
 地域によって「講」の進め方などに少しの違いはありますが共通するところもあります。
 西根北の庚申講は江戸時代の安政2年(1855)に起こしたとあります。ここでは月々お金拾文ずつ積み立てをすることに決めていました。
 清助新田の庚申講資料は、文久三年(1863)の「庚申供養帳」(こうしんくようちょう)が古く、供養のまかないとして「もち米白米一升と百文を集める」とあります。餅を食べるならわしがあったのでしょう。
 中郷には、もと四つの庚申講がありました。上組の庚申講では豊作や幸運を祈り、庚申の日に当番宅で講を開きます。その年の最初の庚申の時はご飯・おかず三品・酒五合の賄五合を出します。当番は風呂を沸かして講員を接待します。数日前から四つ足の動物の肉を食べないで精進したそうです。
 当日、一同は青面金剛(しょうめんこんごう)の軸を掛けてある部屋に集まり、正座をして塩水で口を清め、先達に合わせて経を唱えます。礼拝が終わると御馳走をいただき、徹夜で一晩を過ごし、朝になると各家に帰って行きます。
 当番の人は当番帳に記録し次の当番へと引き継ぎます。その年の初庚申では盗難よけのお札(ふだ)をつくり、講員の家に配ります。各家庭では家の入口にそのお札を逆さにはっておきます。
 神社や寺に「庚申」・「庚申塔」・「庚申供養塔」・「青面金剛像」などの石塔があります。各村々に講中があったと推測(すいそく)できます。
 留場の稲荷神社境内にある庚申塔は元禄13年で「庚申七座供養塔」と彫られています。一座は3年なので少なくとも延宝7年(1679)には講があったことになります。皆さんの近くを探検してみましょう。

平成31年3月市立図書館発行「寒河江の人物・行事」リーフレットより

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