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白岩玉斎

更新日:2010年8月24日

寒河江むかしさがし
 市史編纂委員 宇井 啓
 弘法大師が開いたと伝える宮内の山王権現。
 近世、その別当は白岩山養水寺善行院という山伏が勤めた。その免許状を追うと、勝甚・宥本・宥弁・宥興・宥深などの名があり慈恩寺宝蔵院支配下にあった。
 明治4年の神仏分離で日枝神社となり、善行院は復飾して白岩氏(現当主寿夫)を名乗る。
 新しく発見された史料をみると、善行院は左沢領宮中村の農民であったり、八聖山金山神社の御札を秋田・南部・仙台等の鉱山に配ったりしていたことが分かる。中でも「玉斎文一」と号した絵師の存在が珍しい。この人の「御泊帳」を見ると、明治7年から9年にかけて宮城県亘理郡岩沼町・山元町、山形県楯岡町、西里村、谷地町などを回って宿泊していることが分かる。
 とくに援助者の多かったのは、山元町の小平・浅生原・吉田・大平の真庭などの大平洋側の村々。これらの素封家を短くて2日、長くて20日も泊まり歩いて絵画を制作したのであった。

 「玉山」という弟子もいた。齢70を過ぎてからの漂泊の絵師人生。しかも肝心の絵も経歴も生家には伝わっていない。
 晩年は生家のある宮内に帰ったらしく「西村山郡宮内村壱番地 白岩玉斎」と届を出している。
 明治16年5月2日に玉斎没す。実名は白岩嘉門。77歳であった。地元でもほとんど知られなかった絵師玉斎。
 今は日枝神社の麓に眠る。
 白岩家の庭の古いカエデと山清水の池に、ヒグラシの声がふりそそいでいた。

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